2008年12月22日

わが英語修行史における、ささやかな武勇伝

通訳、翻訳、英語教育といった世界で名をなしておられる大家の方々は、修業時代の勇ましい逸話(伝説)には事欠かないようだ。そして、中学高校時代は英語の劣等生でありながら、その後努力して英語の専門家になったというストーリーは定番ですらある。毎朝、街頭で大声で英語スピーチをしたのはトミー植松氏だっただろうか(ちょっと記憶が定かではない)。さらには、弁当持参で映画館に入り、1日何度も同じ洋画を見た人もいたと聞く。同じ映画を見る話で言えば、柔道家でもあった松本道弘氏などは、映画を見る前にスクリーンに向かって頭を下げて「おねがいしまーす!」と大声であいさつしたという。これなど、ほとんど変人、奇人の域である。やはり、どの分野でもそうだが、儕輩の群を凌いで名をなした人は、凡人からは「変人」呼ばわりされて、孤独感にさいなまれながらも信念を持って独自の道を歩いているようだ。

そのような大家の方々と比べると、わたしは中高生時代も英語が得意科目であり、取り立てておもしろい話はない(やはり劣等生でないと大家にはなれないのか。小学校で教師からバカ呼ばわりされたエジソンのように)。だから、出版社から「実はわたしも英語が苦手だった」という趣旨の本の執筆依頼は来ることは決してないだろう(笑)。ただ1つ、他人とちょっとだけ変わっている点があるとすれば、高校2年でNEWSWEEKの定期購読を始めてしまったことだ。いまでも覚えている。1年の購読料金が学生割引で5,980円だった(1部あたり110円)。NEWSWEEKの最初の号が送られてきたときには興奮した。英語しか書かれていない雑誌を手にしたのは、生まれて初めてだった。どこを開いても英語ばかりである。そして、あちこち単語を辞書で引いてみては悦に入っていた。しかし、喜んでいられたのは最初の2週間くらいだった。喜びはみるみるうちに苦痛に変わっていった。どんなに辞書を引いても、記事の内容が全く理解できないのだ。本当に何が書いてあるのかわからない。毎週、雑誌が送られてくるのが苦痛だった。

今年(2008年)の盆休みに実家に帰ったとき、物置をあさっていたら、最初に送られてきた数号のNEWSWEEKが出てきた。最初の号は1980年6月30日号だった。カバーストーリーは"Machines that Think"というタイトルで、コンピュータが組み込まれた「スマートマシン」に関する記事だった。

とにかく、記事の内容がほとんど理解できなかった。それはそれはつらかった。それでも辛抱強く購読を続けていると、高校3年になって、ようやくうっすらとわかるようになってきた。そして浪人時代になると、さらに理解できる記事が増えた。特に自分の知っている(興味のある)内容の記事は理解できた。指揮者の帝王カラヤンが、実力派女性クラリネット奏者ザビーネ・マイヤーを、強引にベルリン・フィルに入団させたことから楽員と対立した経緯に関する記事など、十分に理解できたし、おもしろかった。切り抜いてとっておいたほどだ。

しかし、それにしても、帰国子女でもない、普通の高校2年生が一流の英文雑誌を定期購読したのは、さすがに無理だった。上達のために多少の背伸びを薦めている松本道弘氏でさえも、わたしのNEWSWEEK定期購読には「時期尚早」の烙印を押すに違いない。むちゃくちゃである。この無茶があったからこそ、翻訳者としてのいまの自分があるなどとと言うつもりもない。あまりに無理すぎる。そして、高校時代のこの無茶をのぞけば、わたしの英語修行はとくに特筆するべき出来事もない、平々凡々の英語人生だったと思う。そして、たぶんこれからもそれは変わらない。

追記:ちょっとネットで調べたら「ザビーネ・マイヤー事件」は1983年である。実家で確認すると、1983年1月24日号の記事だった。タイトルは"Von Karajan's Ultimatum"である。

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